ムーディー・ブルースについては、プログレッシヴ・ロックの先駆と言われることも多いようです。ただ、プログレッシヴ・ロックが全盛となった1970年代においては、楽器のスーパー・テクニックを展開するというプログレの条件には当てはまらず、プログレ・バンドとして語られることはあまりなかったと思います。
たしかにスタジオ録音では素晴らしい演奏を聴かせてくれるのですが、ムーディー・ブルースのライヴは多少もの足りないものでした。わたしは武道館での来日公演を見ていますが、マルチ・キーボードが全盛で、ライヴでスタジオ録音の音を完璧に再現するのが流行ともいえる時期に、マイケル・ピンダーはメロトロン(おそらく特注品のピンダロンだったのだろうと思いますが)1台のみで終始し、ちょっとがっかりした記憶があります。
それでは、ムーディー・ブルースの最大の功績は何であったかといえば、コンセプト・アルバムを作り上げたことであると思います。
初のコンセプト・アルバムと言われて大きな話題となったのは、ビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』でした。
ビートルズの
『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』

ビートルズは、『ハード・デイズ・ナイト』のころから、完成度の高いアルバムを作っていましたが、それは上質のアンソロジーともいうべき作品集で、『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』でも本質は変わらず、架空のバンドが演奏するステージという額縁をはめたような作りです。
『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(リプライズ)』に続く『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』でコンサートが終わったあとの日常の虚無感を表現し、巨大な作品像を提示することに成功しましたが、その後はコンセプト・アルバムと呼ばれるアルバムはありません。
その半年後にムーディー・ブルースの『デイズ・オブ・フューチャー・パスト』が出ました。未来の一日を楽曲で表現した構成となって、よりコンセプト・アルバムと呼ぶにふさわしい作品となっています。
ムーディー・ブルースの
『デイズ・オブ・フューチャー・パスト』

ムーディー・ブルースは地図を作りながら、アルバムを作っていたという話が伝わっています。実際どういうような地図であったのかは、よく知らないのですが…。
地図の恩恵がどの程度のものであったのかはともかく、その後もムーディー・ブルースは、コンセプト・アルバムを作り続けていきます。