記事一覧

古井由吉自撰作品 全8巻

新聞の広告欄に古井由吉自撰作品 全8巻の広告が載っていました。3月刊行開始だそうです。

ファイル 53-1.jpg

特別な愛読者ということではありませんが、昔は結構古井作品を読んだほうです。

幻視というジャンルがあったとすればですが、古井由吉は日本文学第一等の作家ではないかと思います。ファンタジー的な幻想文学ではなく、亀裂の入った現実の向こうに別のものが見えるという意味で、比類ない作品を残しています。

「杳子(ようこ)」「妻隠(つまごみ)」の二作品で芥川賞を受賞し脚光を浴びた時は、そのいままでにない作風に大いに驚き、熱狂した記憶があります。「杳として行方が知れない」と言うときの「杳」が名前の女性が主人公だというだけで、惹きつけられませんか?

初期の作品群はそういった意味で懐かしいですが、作品として頂点を極めたのは「栖(すみか)」「親」の二部作、つづく「槿(あさがお)」あたりだったと思います。

それにしても、ふりがなを振らないと読めないタイトルの作品が多いことに改めて気がつきました。

速読法

前回は、ミュージシャン=アスリート説というのを書きましたが、まあ何をやっていたとしても、選手寿命というのはありそうです。

よく速読法というのが紹介されています。わたしは昔は本、それも小説ばかり読んでいましたが、読むのは遅い方です。マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』全10巻を読み終わるのに10年以上掛かりました。翻訳の刊行が遅れたという事情もあったのですが、そんなものです。

小説を味わうのに速読法が必要とは思われなかったので、速読を学ぼうと考えたことはないのですが、速読の方法についての解説は読んだことがあります。声を出して読むように黙読したのではだめだと書いてあります。

目を行にさーっと走らせていく。そうやって意味を頭に入れていくようにするらしいです。そのほうが絶対速い。

さらにその上をいくには、ページをぱっと見て、スキャナーでスキャンをするように、ページごと画像を頭に入れていくようにするらしいです。

それは分かったとして、40歳を過ぎると徐々に老眼が進んで来ます。ページをぱっと見てページごと頭に入れていくとは言われても、ページをぱっと見ても端から書かれている字が見えてないという事態になります。

とすると、速読法をマスターしていた人は、50歳で速読法から引退となるんでしょうか?

最近では、声を出して読むより、字を見て黙読するほうが遅くなりそうです。

音に関しても、高い音は聞こえなくなっているらしいですが、目のように不自由を感じることはありません。耳は目ほどの劣化はないんでしょうか。

マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』

よく「無人島に1冊だけ持って行くとしたら、何の本を持って行きますか?」という問があります。

もしわたしが聞かれたら、『豊饒の海』と『失われた時を求めて』と答えようと思っています。

『豊饒の海』が四冊、『失われた時を求めて』が十冊(筑摩書房版)で、計14冊にもなるので、反則だろうと思いますが、わたしにとってのこれ以外の答えはありません。

『失われた時を求めて』は、両親に買い揃えてもらった世界文学全集に、そのうちの一編である「花咲く乙女たちのかげに」が含まれていたことや、高校時代の国語の先生が、意識の流れによる二十世紀文学の原点としてマルセル・プルーストやジェームズ・ジョイスのことを熱く語っていたことにより、深く脳裏に刻まれた名前でした。

マルセル・プルースト
ファイル 31-1.jpg

全巻を通して読むきっかけとなったのは、わたしが大学生のときに刊行が開始され始めた井上究一郎氏による個人全訳の出版でした。

井上究一郎訳 『失われた時を求めて』(ちくま文庫)
ファイル 31-2.jpg

『失われた時を求めて』は、何よりそのタイトルに惹かれました。そのものずばりの究極のタイトルであり、文学書としてこれ以上のものは考えられないタイトルです。

作品は全七編からなります。プルーストが生前に刊行できたのは、第四編の「ソドムとゴモラ」までで、それ以降の巻は残された草稿を、プルーストの死後、整理して発刊されたものです。

死の直前に草稿としては、最終刊まで書き終えていたとはいえ、プルースト特有の徹底した推敲を経てはおらず、じゅうぶん文学的感興を得られるのは第五編の「囚われの女」までです。第六編の「逃げ去る女」または「消え去ったアルベルチーヌ」になると、輝きが間歇的に明滅し、最終巻の「見出された時」では、残念ながら読んでいるわたしには時は見出されませんでした。

それでも、第一編の「スワン家のほうへ」を始めとする、前半の文学的密度は比類を絶して高く、これ以上の小説はないと思われる作品です。

このブログの以前の回で書いたように、わたしに「失われた時」をもっとも強く感じさせたのは『豊饒の海』であって、その意味でわたしにとっては、無人島へ持って行く2冊で1セットなのです。

萩原朔太郎の『月に吠える』『青猫』

前回は小説の文章について書いたので、詩についても書いておきたいと思います。

詩を「分からない」って言うひとがいますよね。まあ、クラシックが分からない、ジャズが分からない、美術が分からないとか、よく言われます。

でも不思議なことに、ロックが分からないっていうのは、あまり聞いたことがありません。

わたしも詩は最初分からなかったんで、「分からない」っていう意味は、よく分かります。わたしの場合、萩原朔太郎の『月に吠える』『青猫』を読んで、初めて詩が分かると思ったんですね。

『萩原朔太郎詩集』 (新潮文庫)
ファイル 27-1.jpg

クラシックは、マーラーを聴いて初めて本当に分かったと思いました。ジャズはマル・ウォルドロンを聴いて、初めて分かった気がしました。

出会いが必要なのかもしれません。

萩原朔太郎は、独特の古風なぼんやりした哀愁に強く惹かれました。蒼古とした情緒と言ったらいいでしょうか。それが強烈なイメージで目の前に迫って来ます。言葉のイメージを喚起する力に驚きました。

ぼんやりした哀愁というのは、『月に吠える』だと「内部に居る人が畸形な病人に見える理由」、『青猫』だと「時計」とかのことです。

しかし、日本語の詩は言葉自体が既に独特のリズムを持っています。

音楽にはなりにくいなぁと思ってしまうんですよね。日本語の歌は、詩とは別の日本語を必要とする気がしています。

小説の文章

三島由紀夫の文章は非常に密度の高い文章です。

最初のたった1ページの描写で、物語の背景となる場所の風景がまざまざと目に浮かんできます。

その後、小説に必要とされなくなったのか、風景描写そのものが次第に衰退していきます。その兆候は、三島と同世代の安部公房や少し後の世代の大江健三郎あたりから、感じられます。

大江健三郎 『万延元年のフットボール』 (講談社文芸文庫)
ファイル 26-1.jpg

安部公房 『箱男』 (新潮文庫)
ファイル 26-2.jpg

物語の舞台がリアルに目に浮かばなくなり、空気感が薄く、そのため、ある意味息苦しさを感じるようになりました。抽象性が強くなったような気がします。

ロックにおいて、パンク・ロック以降ロックは、幾分かにせよポスト・パンクの性格を帯びるようになったことと似ているかもしれません。

いまの口語体の文章は、明治以降に作られたものです。明治20年頃に二葉亭四迷による言文一致運動があって、森鴎外は文語体と口語体の両方で小説を書き、夏目漱石によって口語体の日本語は、ほぼ完成に近づきました。

まるで、日本語のロックを作るのに、はっぴいえんどを始めとする先人達の努力があったのと似ています。

その口語体の文章は、戦後まで発展を続けて、川端康成、三島由紀夫あたりで頂点を極め、安部公房、大江健三郎によって方向転換を果たすのかもしれません。

いまの小説はその延長にあります。そのせいか、村上春樹とか、どうも最近の小説はうすくちに感じてしまいます。

三島由紀夫の『豊饒の海』

昔は、ほんとうに真剣に音楽を聴きましたが、本もよく読みました。

わたしが高校生の頃には、本を読むか、レコードを聴くしかありませんでした。

コンピューター・ゲームもなかったし、携帯はもちろんインターネットもなかったし、ビデオもなければパソコンもなかった。で、本と音楽には集中しました。

もちろんテレビとラジオはありましたよ。FM放送が、実験放送から本放送に変わった頃です。ラジオを聴いて、いい音楽をみつけて、レコードを買って、という生活でした。

そんな中で最も衝撃的だった事件がありました。三島由紀夫の割腹自殺です。昭和45年(1970年)の11月25日、高校2年のときでした。化学の先生が教室へ入ってきて開口一番、「三島由紀夫が自衛隊に乱入して腹を切って自殺した」と言いました。

時代はまだ建前にせよ、世の中に本当に偉いひとがいると信じられていたころで、作家のステータスはいまとは比べものにならないほど高かった時代です。特に三島由紀夫は、ノーベル文学賞候補にも何度か名前が挙がり、その上自身の写真集を出すなどのパフォーマンスでミーハーな人気もありました。まさしくスーパー・スターでしたから、日本中が大騒ぎになりました。

わたしは、その時点で三島作品はまだ『潮騒』1作しか読んでいなかったのですが、ものすごい衝撃を受け、新潮社の日本文学全集の三島由紀夫の巻を買って『仮面の告白』やら『金閣寺』やらを読んで、のめり込んでいきました。

年が明けて遺作となった『豊饒の海』四部作の最終刊『天人五衰』が発刊されました。三島由紀夫が自衛隊へ赴くその朝、自宅に呼んであった編集者に渡すようことづけて、最終回の原稿を残して家を出たという、その作品です。

四部作を全巻買い集め、春休みに一気に読みました。

『天人五衰』初刊本の装丁
ファイル 25-1.jpg

この四部作は各巻が二十年ごとの物語となっていて、60年に亘る時間が描かれています。『春の雪』『奔馬』『暁の寺』と読み進み、『天人五衰』に至ると、その60年の時間が瓦解する瞬間が描かれ、物語の中の記憶が、現実の記憶のようにひしひしと胸に迫って、二ヶ月ほどは読後の衝撃から抜け出られませんでした。

あれから40年経ちましたが、わたしにとって最も大切な小説です。

ページ移動

  • 前のページ
  • 次のページ

カレンダー

2017年11月
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
- - - - - - -

筆者のプロフィール

  • 竹内 晃

  • 1953年巳年生まれ
    電子楽器メーカーコルグに30年間勤務。退職後インディーズチケットオンラインを立ち上げ、現在に至る。

過去ログ